いつもご愛読、ありがとうございます。
いま、客船さんふらわあで、別府まで向かっています。
昨年から当社で採用したワーケーションとして、
原稿のアウトプットとノートパソコン、スマホとバッテリーを抱え、移動しています。
思えば初ワーケーションはちょうど1年前の6月、沖縄でした。
お金と時間ばかりがかかり、旅先の仕事で、
果たして生産性が上がるのだろうかと、半信半疑で投資も兼ねてやってみました。
瀬良垣のビーチで朝食後から日没まで、国際通りのスタバではランチを食べて夕方まで、
ひたすら原稿を読んだ。
夜は現地スタートアップと泡盛を飲んで歓談というゆるい環境の中、
しっかりと働いていました。
仕上がった原稿は発刊後すぐに重版がかかり、
沖縄で気持ちよくしっかりと読んで編集した原稿が正当な成果を出しだのだろうと、
ワーケーションの心理的な効果を評価しました。
とくに、本づくりのような、形があるようで形が存在しない仕事に、
ワーケーションのような働き方は向いているでしょう。
今回のワーケーションではどんな効果が生まれるのか。
ワーケーションと本づくりについては、機会があったらまた考えてみたいと思います。
●今月のブログ
第41回飯田橋読書会の記録:『舞姫・阿部一族』(森鴎外著)
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2023/05/19/163845
読みました:『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ)
~大人も楽しめる政治メタファー・ファンタジー~
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2023/05/14/115920
第1版から11年を経て、
『ビジネスサイトを作って学ぶ WordPressの教科書 Ver.6.x対応版』が発刊
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2023/05/10/221757
●今月の雑感:AIに仕事が奪われる人、奪われない人
~人間だけが持つ文脈の意味~
ChatGPTの登場で、IT書籍の出版界では、
どこもかしこも「AI」(人工知能)関連の企画ばかりだ。
第3次人工知能ブームと言われるが、
ここまで流行が長引き、深まるとは、ほとんど想像もしていなかった。
AIに対する期待の上昇とともに、脅威意識も高まる。
企業や政府、地方自治体が、業務効率化のためにChatGPTの導入を検討し、
また、利用のガイドラインが続々と検討されている。
AIに人間の仕事を取られてしまうという脅威論を飛び越えて、
「AIは当たり前になるのは間違いない」という状況が、日々作られている。
とあるAI関連スタートアップのエンジニアから、
「かつて、数年で更新されていた新サービスが、いまは一週間単位で更新されている」
という話を聞いた。
AIの進化は恐ろしい勢いだ。
AIの最近のトレンドとして、画像処理の新技術がよく上がってくる。
最適化された美少女の画像を生成したり、イラストの自動生成サービスも増えてきた。
イラストレーター不要論が出てくる中、これを見越して、
AIが描きそうにもないイラストを人間が描くという流れも出てきているらしい。
言い換えると、AIに人間から仕事が取られるという驚異論から、
AIにできず人間にしかできないことに着目するという現実論に転換してきた、
ともいうことができる。
▲人間ならではの文化という文脈
AIができないことは、最適化の反対にある「崩し」や「型破り」である。
モデルやパターンから外れたことはできないし、またこれらはAIが取り扱う範疇ではない。
きれいな文字をAIで描くことは可能だが、
相田みつをの書のような、型破りはAIにはできない。
「相田みつをパターン」のような過去のデータを使ったモデリングは可能だが、
あのような型破りを起こすのはAIには不可能だ。
AIに、型破りに見えるようなイミテーションは可能だ。
しかし、本質的にそれはできない。
理由は、AIは人間との間に共通の文脈が存在しないからだ。
型とは、アートであれ武道であれ、
人間が作り上げてきた、人間ならではの文脈である。
書であれば楷書体や行書体、また、開発されたさまざまなフォントが、型である。
絵画であれば遠近法という技法から印象派、キュビズム、ダダイズムまで、
人間が作り上げた文脈という型がある。
大量生産の文脈があるから、
マルセル・デュシャンの便器や車輪は作品として成立しているし、
利休という文脈があるからどこかから拾ってきたような竹筒が作品として評価される。
広告コピー文化という文脈があるからアンディ・ウォーホルの作品も作品足りうる。
いずれも文脈は、人間の身体的な行為が積み重ねた言葉や歴史、文化から成り立っている。
▲なぜ棋士は美しいのか?
AIと人間の文脈という観点から見ると、
なぜ、藤井聡太名人は美しいのか、という意識とも交差する。
将棋の世界でAIは、人間よりも強い。
AIは藤井聡太名人に勝つ。
では、AIに負けた藤井聡太名人は、棋士という職業が奪われるのだろうか?
それはない。
なぜなら、彼の美しさは、勝つこと以上に、戦うこと自体にあるからだ。
負ければ這い上がる。そして勝ち、負ける。
そういった戦いそのものが、人に感動を与える。
その闘いとは、人間ならではの文脈である。
将棋とAIとの闘いに大きな意味付けがないのは、双方で文脈を共有していないからだ。
言い換えれば、戦うこと自体を放棄した瞬間から、棋士は、棋士という職業が奪われる。
この議論は、「AIから仕事が奪われる」という危機感にも近い。
仕事においても、人間はAIから仕事が奪われるときがくる。
それは、人間が戦うこと自体を放棄した瞬間から、である。
▲大衆的幸福というパラダイムの終えん
「AIから仕事が奪われる」論は、「戦うこと自体を放棄した」論でもある。
「AIから仕事が奪われる」論は、おもに企業から出てきている。
ということは、企業とは「戦うこと自体を放棄した」人たちで構成される組織、
とも言えないか。
「そうは言っても、私たちは棋士じゃないから」という反論も出てくるだろう。
確かに、企業の従業員にとって、ストレスなく安定した月給が得られることは大きな価値だ。
闘いとはストレスの原因でもある。
ゆえに、戦いの場面が回避されがちになる。
私も企業での勤務が27年続いたが、
組織として従業員の責任と権限が細かく分散されており、
重要な意思決定が伴う戦いの場面に置かれる機会はほぼなかった。
AIも含め、今後、人間の仕事は、外部の機械やコンピュータが多くを奪っていくだろう。
そして、その仕事に幸福を見だしている人たちから、次々と幸福を奪っていく。
しかしそもそも、AIに仕事が取られないことが幸福なのか?という発想も生まれる。
そして、仕事の本当の幸福とはなんなのだろうか、という疑問も生まれる。
仕事の幸福とは、自分が作り上げた仕事の文脈を通して、
心から「楽しい」「よかった」と思えることではないだろうか。
幸福とは、誰も与えてくれず、自分で掴むものである。
AIはさまざまな提案を出してくる。
だからこそ、自分で選ぶ。
自分で意思決定をする。
これが、仕事の幸福が最大化する前提となる。
学校教育から社会人人生にいたるまで、
大衆に最適化された文脈を共有することが個人にとって幸福なのか?
という議論にも発展する。
一億総中流、
隣人と同じ自分が幸福、
同じレールに乗った会社員の人生が幸福、
社宅や団地に入って守られた人生が幸福、
他人から与えらえた人生が幸福、
といった昭和が作り上げた大衆的幸福というパラダイムは完全に崩壊している。
「AIから仕事が奪われる」論の震源地は、昭和のこうしたパラダイムである。
▲エレガントにあがき、人間にしか書きえない文脈を構築する
他人から与えられた人生である以上、AIの脅威におびえる日々は終わらない。
そのぐらいの脅威を我慢するだけで生活が全うできるのなら、
それで上等、という人もいるだろう。
見て見ぬふりをして死ぬまでの時間の経過をやり過ごすのも一つの生き方だ。
仕事に対しても、日常生活に対しても、納得して、自分をごまかさずに生きることが、
一度だけの自分の生命に対して失礼のない生き方ではないだろうか。
そう、私は考えている。
自分の文脈を持てない人間は、永遠にAIに負ける。
そして、AIに仕事が取られるとおびえ続ける。
AIがいくら発展しようが、人間の文脈をAIと共有することはできない。
それを知った人が、これからの時代を豊かに生き残ることができる。
これからの人間の役割は、人間にしかできないことに集中することだ。
クレーン車があるいま、人力で石を運ぶことに意味はない。
AIは、そのクレーン車である。人間にしかできないこととは、
人間にしかできない物語りと文脈を作り、
意思決定をし、
他人と文脈を共有する、
ことだ。
そこにデータモデルやフォーマットは存在しない。
いまできる最短の文脈づくりの一つに、本を書くこと、がある。
自分の人生で得た情報や思い、職業で得た知見や考えを物語にする。
そして、本という実体(ボディ)を通して他人と共有する。
ブログやSNSなど、実体の存在しない情報発信手段は、多数存在する。
実体の伴わないAIの時代、本という実体を通した言葉のやり取りは、
新しい文脈を作り上げていく。
いまでは、書くノウハウさえあれば、安価にオンデマンドで本を出すことが可能だ。
エレガントにあがく人間は美しい。
そして、人の心を動かす。
そんな人間の物語を文章として文脈を構築し、共有する人。
AIの時代に自分らしく幸福に生きる、最も美しい人間の姿だ。
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今後も、さまざまな対話と交流の場の提供を計画しています。
状況の変化は、随時メルマガやDoorkeeper、Facebook、SNSなどで
お伝えします。
【本とITを研究する会 Doorkeeper】
https://tech-dialoge.doorkeeper.jp/